仔竜物語
〜レンディル朱色編〜
作者:キュリさん



これはある暖かい春のお話です。
辺りには花が乱れ、春の理を告げる風が空を仰いでいました。
そんな明るい春にちょっとした出来事が起こりました。
小さな小さな竜の世界に明るい日差しが射したのかもしれません・・・。

パタパタ、はねぼうきを軽く振る鮮やかな紫色の仔竜が部屋を掃除にしている。
紫色の下地に綺麗なまだらの黄色の点が入っているこの仔竜はまだあどけない表情を見せながらも
お客様をお迎えするために一生懸命はねぼうきを振っていた。
その動き合わせて揺れる可愛い尻尾がこの仔のあどけなさを物語っていた。
「ワッフル、そっちはもういい・・?」
紫色の仔竜はワッフルという名前らしい。
黄色の体に額から出ている立派な角が印象的な仔竜はワッフルに話し掛けた。
「えっ、もうちょっと待ってよぉ、さっきはじめたばっかりなんだよ・・・」
「えぇ〜、まだかかるのもうすぐ来ちゃうんだよ・・・」
「ううん・・、だってぇ・・・・」
「だってじゃない!!はいはい、さっさと動く、ほらほら、そこにまだほこりが残ってるでしょ」
「ふぁ〜い・・・・」
さっそく掃除をし始めようとした二匹の仔竜の所に。
「ディア君、今、お手紙わいばーん君がレンディル君を『滑空の丘』のほうで見かけたって言ってたよ」
「えっ、もうそんなところまで来てるの!?」
「うん、そうみたい・・・」
「あわわ・・、レイズ君も手伝ってよ、とってもじゃないけど時間がないよ」
たくさんの大きなしっぽをぶらぶらと振りながら黄色の角仔竜ディアの答えに悩むレイズ。
ちょこっと下を向いて少し考えてから・・・。
「でも、僕、そろそろ買い出しに出かけないと・・、お昼ご飯の用意できなし・・・」
「えぇ〜、もうそんな時間なの!?」
「わぁ〜い、お昼ご飯だぁ〜」
「ワッフル!!」
「うっ、だって・・、お腹空いたんだもん・・・」
「ワッフル、ちょっと待ってね、すぐに用意してあげるからね」
「うん、レイズ君のお料理大好きだよ!!」
「レイズ・・・、甘やかしちゃダメだよ・・・」
「いいじゃないよ、今日だけはね」
軽く笑みをディアに返すと、レイズは扉を開けて市場の方へと出かけていった。
扉を開けた風からは柔らかな木漏れ日と共にさわやかな風が入ってくる。
「さぁ、パッパっとやっちゃおうか、ねっ♪」
「うん」
二人の仔竜は仲良く並んで、可愛く尻尾を振りながら掃除に取り掛かり始めた。
窓から・・春の知らせを告げる暖かい風が流れ込んできた。

「ここに来るのも久しぶりだよ・・・・」
蒼き大空に流れ往く雲を見つめながら大きな体を携えた竜が空を見上げている。
首にかかった小さな首飾りの宝石が風に揺れ、日差しの中、黄金色の光を放っていた。
ドラゴン・レンディル。
それが彼の名前であり銘である。
大きな翼を持ち、広大な体を持つ彼だがどこかあどけなさの残るところも見える。
つい先月まで仔竜の部類に属していたのだから仕方ないといえば仕方の無いことだった。
たまに甘えグセの見える彼を仔竜と呼ぶ人も少なくないが・・・。
軽く翼を仰ぐとレンディルは頭を前に向け。
「さて、そろそろ行かないと・・、みんな待ってるかな・・・」
バっとその広大な翼を広げ、レンディルはふわりと空中に浮かぶ。
その時、レンディルの辺りが陰りを見せた、太陽が隠れたようにレンディルの辺りだけ暗くなる。
突然のことでレンディルは一瞬なにが起こったのかわからず、辺りをキョロキョロした。
「きゃぁぁぁぁぁ〜・・・・・」
「えっ・・・」
空の方からかなり大きな声をあげて落ちてくるものを感じ、レンディルは頭を空のほうへと向けた。
蒼空の白く浮かぶ雲に紛れて、純白の白に覆われた一匹の竜が空のほうからものすごい速さで落下してきた。
レンディルよりも少し小柄だが、りっぱな翼と尻尾を持つその竜は、レンディルの飛んでいるところに一直線に落ちてきた。
「あわわ・・・」
避けれないスピードではなかったのだが、慌てたためか、それとも、その竜を助けるためかはわからないが
レンディルはその場から動かなかった。
「きゃぁぁ〜・・・・」
ものすごい勢いで飛び込んできたその竜はレンディルの胸へと飛び込んできた。
グっと力を入れて耐えようとしたが、突然のことで力が入らず、その勢いのまま地面へと落下していった。
轟音と共にものすごい突風が吹き、辺りに砂を撒き散らした。
レンディルは自分がクッションになるようにその竜を抱きかかえて落ちたため、思いっきり背中から落ちてしまう。
思わずうっと小さく声をあげるレンディル。
さすがの竜とはいえ、あの衝撃はかなりこたえる物だった。
しかし、飛び上がろうとした瞬間だったためあまり高度はなかったのが救いで
レンディルは奇跡的に少しだけ羽の辺りを痛めただけだった。
自分より小柄な竜を抱きか方まま、レンディルは衝撃のとき閉じていた目をゆっくりと開ける。
(うわぁ〜・・、女の仔だ・・・・・)
思わず頬が朱色に染まる。
女の仔にあまり免疫のないレンディルは抱きしめてことを思い出した途端、恥ずかしくなってしまったのだ。
「ううぅ・・・・」
ギュ〜と眼つぶり体を沈めていた白い竜は、小さな声をあげる。
どうやら気絶していたらしい、今、眼を覚ましたようだった。
その覚醒の合図を自分の鼻で嗅ぎ取ったレンディルはさらに慌てた。
今までの竜生の中でこれほど慌てたことはなかっただろう。
女の仔は小さく丸くなるようにレンディルの上にいたために、動くこともできなかった。
「んんぅ〜・・・」
「あわわ・・・」
「・・・・・・・・・・あぁ、ごめんなさい!!」
「あっ・・、はぁ・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい、急に風を捕らえられなくなって墜落しちゃったんです・・・」
「あ・・あの・・・気にしてませんから・・」
困惑しながらも必死でレンディルに誤る白い竜。
まだ落下したままの密接した体勢だったのであやまるたびに彼女の吐息が頬に掠めていく。
レンディルはそのたびに何か悪いような思いをして、また頬を朱色に染めることになった。
眼がうつろになっているレンディルのほうを見ている彼女の顔に疑問の色が見える。
そしてしばらく考え、彼女は今自分が上に乗っかっていることに気がつき急いで降りた。
「あわわ・・、ごめんなさいい!!」
頭を下に深々と下げあやまる。
一緒にしっぽや羽もしたに下がり、気落ちしていることがすぐにわかった。
「いえ・・、本当に気にしてないから・・」
っと言って、彼女のほうから軽く視線をはずす。
どうやら、いろんなことがありすぎて彼女のほうを見ると恥ずかしくなってしまうらしい。
「えっと、もう行くね、大丈夫みたいだし・・・」
「あっ・・・」
とてもここにいられる状態じゃなくなってしまったので、レンディルは彼女の前からバっと飛び立とうとした。だが。
「あれ・・・?」
飛び立つために翼に力を込めようとするのだがなぜか力が入らなかった。
どうやらさきほどの衝突で翼をいためたらしい。
(うぅ〜・・・、みっともない・・・)
竜にとって飛べないことほど恥ずかしいものはない。
ケガのためとはいえ、飛べないことは恥ずかしいことだった。
「あの・・・?どうかしましたか・・・?」
「えっ・・、いや・・、なんでも・・・」
大汗をかきながら、レンディルは困ったように頭をかいた。
彼女もその困った表情悟ったのか、首を横にかしげた。
「あの〜・・・、もしかして・・、はばたけないんですか・・・?」
ギックリとしてレンディルはまたまた大汗をかくことになってしまった。
気づかれないままその場を去ろうとしたのだが、表情がすぐに顔に出てしまうレンディルには隠すことができなかったらしい。
「えぇ・・・、いや・・、そんなことはないけど・・・」
「もしかして・・、さっきの時にケガしたんですか・・・?」
「・・・ケガなんて・・して・・ない・・・よ・・・」
レンディルの声が段々と小さくなっていって聞こえなくなっていく。
冷や汗が出て、自分で言っていても彼女にうそがばれているのがわかった。
(う〜、うそって難しい・・・)
心の中でそんなことを思い、レンディルは苦笑した。
「私のせいですよね・・・」
「あっ、違うよ、ちょっと前に転んでね」
レンディルは笑いながら、彼女に伝えた。
転んだぐらいでは、竜はかすり傷ひとつ負わないのだが、慌てていたレンディルにはそこまで気がまわらなかった。
「でも・・・」
「気にしなくていいよ、大丈夫だからね」
「そうですか・・・」
「うん、ケガって言っても小さいものだからね」
「あの〜・・、せめて、家まで届けさせてもらえませんか・・・・?」
「えっ・・・」
「飛べないと帰るのも大変ですから・・・」
竜という生き物は普段は飛び回って活動をする生き物。
仔竜の頃はまだ翼が発達していなくて、歩きまわれる時期もあるのだが。
レンディルのように、ここまで大きな竜になると、バランスをとるのが大変で一匹で帰るのには大変な苦労をした。
彼女の申し出はそのようなことを見こしての申し出だった。
(・・・・情けないよぉ・・・)
一匹で帰れないとはいえ、女の仔に手を貸してもらわなければ帰れないのは青年の雄竜君
であるレンディルにとってとても情けないことだった。
無理をして一匹で帰りたかったが、レンディル自身、一匹で歩けるかどうかは不安があった。
実際、歩くとなれば15年ぶりとなる。
「・・・・・・・・でも・・・それは・・」
「・・・・私じゃイヤですか・・、そうですよね・・、自分からぶつかって来ておいて・・、いきなりですから・・・」
「あっ、イヤなわけじゃいよ・・・」
泣きそうな表情をしていた彼女を慰めるように顔をかけるレンディル。
その一言にぱっと彼女がレンディルのほうを向いた。
「本当ですか・・・、よかった・・・」
ほっとして自分の胸をなでおろす彼女。
(情けないけど・・仕方が無い・・うぅ〜・・・)
「あの〜・・・」
「はい・・?」
「歩いて行きますから・・、その〜・・、肩を貸してもらえませんか・・・」
「あっ、はい」
レンディルの申し出に明るい表情を見せる。
相手の力になれたことが、彼女にとって何よりも嬉しかった。
スっとレンディルの体の内側に体を滑らせて、手を肩にかける。
レンディルはいきなり入られたことに少し戸惑いを見せる。
女の仔からかすかに漏れる優しく暖かい匂いに鼻孔がくすぐられた。
この香りが近くに彼女がいることを鮮明に思い出されるきっかけとなりレンディルはまたもや頬を赤めることになってしまった。
「んっ〜・・、そういえば・・、どこに向けばいいんでしょうか・・・?」
「あっ、『仔竜荘―蒼空―』に向かってくれませんか・・?」
「『仔竜荘―蒼空―』ですか!!私の家の近くですよ!!」
「あにゃ、そうなの・・・?」
「はい、じゃ、いきましょうね、私も家に帰るところでしたから」
頬が朱色に染まっていて、まともに彼女のほうに向けないレンディルはなんともあいまいな返事をする。
ゆっくりじっくりと一歩一歩歩きながら、レンディルはふっとあることに気づいた。
(そういえば・・、名前もまだ聞いてないよ・・・)
レンディルの顔色を見て知ったのか彼女はくすっと笑い。
「私の名前はミィーティですよ」
「えっ・・・」
いきなり自分の聞きたいことを言われてビックリするレンディル。
クスクスと可愛い笑みをもらして、
「いえ、あなたがそんな顔をしていたから」
「あれ・・?僕ってそんなに顔に出るのかな・・?」
「はい、ものすごく」
「ん〜・・・」
顔色だけでわかるものなのかちょっと納得がいかなかったが、とりあえず、考えても仕方がなかったので忘れることにした。
「あっ、僕の名前はレンディルです」
「はい、レンディルさんですね」
ミィーティはニコっとレンディルに向かって明るすぎるほどの笑顔を返す。
その笑みにドキっとするレンディル、顔がまたまた真っ赤かに染まった。
滑空の丘の気持ちのよい風に吹かれて、飛ぶ練習のしている仔竜があちらこちらに見える丘を二匹は一歩一歩歩いていった。
春に起こった小さなきっかけ、これが後にいろんなことを引き起こすきっかけとなるのを今は誰も知る由もなかった。
遠くで見ていた雲でさえ・・・。

「あぅ〜・・、重い・・・・」
レイズは大きな麻の袋を持ってフラフラと歩きながら家の方に向かっていた。
大きなしっぽをズルズルと引きずりながら、家のほうに一歩一歩踏み出して歩く。
小さな体には決して合わない大きな袋を持ち歩いているのだ重くないはずが無かった。
額に大きな汗玉が顔を伝って地面にしずくとなって消える。
「うぅ〜・、遠いよ・・・」
泣きそうな思いをしながら買い物した物で一杯になった麻の袋を担ぐ。
仔竜の頃の食べる量はたいしたことがないのだが、青年期に入った頃の竜の摂取する量はものすごい物があった。
お客様であるレンディルへの食事を出すために大量に買い込んだのだが
その量はものすごいものとなりレイズは自分一匹で買い物に出かけたことに心底後悔した。
自分の背中からはえている大きな翼は今のレイズにとってはただの飾りでしかない。
自分のしっぽの重さが支えきれず、今はまだ飛べないのだ。
仔竜の第一テストに風の利用してハングライダーのように飛ぶ滑空のテストにすら、まだ合格していない。
ワッフルはまだ大丈夫だよ〜と言ってくれたが、何事にものんきなワッフルに言われてもどうも安心できなかった。
ふっと空を見上げて、大空を飛んでいく大人の竜を見ると、かなり寂しいものがこみ上げてくる。
(僕、本当に飛べるようになるのかなぁ〜・・・)
そのような心底悲しくなるような、仔竜らしい悩みに悩ませられながらレイズは一人、とぼとぼっと帰っていく。
「レイズ君!!」
「んにゃ・・??」
急に自分の名前を呼ばれてびっくりして抱えていた麻の袋を落としてしまった。
「こんなところで何してるの・・?」
いつもの聞きなれた声に少し安心するとレイズはゆっくりと声の主のほうに振り返った。
そこには思ったとおりの白竜のミィーティお姉さんがニコっとしながらこっちを見ていた。
「あれ・・?もしかして・・・」
ミィーティに抱きかかえられている青年竜の顔を覗き込んでレイズはその見覚えのある顔を頭の記憶の中から引っ張りだした。
「レンディルお兄ちゃん!!」
「レイズ君、久しぶり〜」
パタパタと右手を振ってエールを送るレンディル。
「あらら・・?レンディルさんのこと知っていらっしゃったのね」
「うん、昔お世話になったお兄さんなんだよ〜」
「昔って言っても、8年前のことだし・・、そんなに昔のことじゃないと思うんだけど・・・」
「8年は昔だよ〜」
「そうかな・・・」
ポリポリと軽く頭をかくレンディル。
「でも、なんでミィーティお姉さんとレンディルお兄ちゃんが一緒にいるの?」
「えっえっ・・・」
ちょっと慌てたレンディルを見て、レイズはクスっと笑った。
「二人一緒に並んでいると恋人同士みたいだよ〜」
「えっ・・・・」
その一言は強烈だった。
レンディルの頬はみるみるうちに朱色に染まり、急に恥ずかしくなって下を向く。
ミィーティのほうも今までレンディルを抱えているという自分の姿を意識していなかったらしく
レイズの一言に頬がぽっと赤みを帯びた。
言われてみれば恥ずかしい姿だったのかもしれない。
「クスクス・・・、暑くもないのに、赤くなっちゃって変なの〜」
まだ仔竜のレイズにはあまりそういった感情がないらしい。
特にレイズには恋にはあまり気がつかない面が強い、恋より食欲だったりする。
「んじゃ、そろそろ帰ろうよ〜、僕もうお腹ペコペコだよ〜」
レイズはトコトコと落とした荷物のところに移動して、その荷物をレンディルの所へと持っていく。
「はい、レンディルお兄ちゃん、僕より力あるんだから〜、いいでしょ・・ね?」
コクリとうなずくと黙って荷物を受け取る。
まだ、先ほどの一言が聞いているらしい。
そして、三匹はゆっくりと帰り始める。
あの足取りは先ほどより華やかなものがあった。

「お腹空いたよ〜、もう動けないよぉぉ〜・・・・」
「こらぁ、ワッフル!!まだ、そこのテーブルの上がかたづいてないでしょ!!」
チラっとまだかたづいてないテーブルを見ると、そこにはいろんな物が乗っかっていた。
ワッフルははぁ〜とため息とつくと仕方なく立ち上がろうとしっぽを立て、腰を上げようとした。
「ただいまぁ〜」
「あっ、レイズ君!!」
暖かい風を部屋に入れるために開きっぱなしにしていた扉から入ってきたのは明るい笑顔を大きなしっぽのレイズだった。
ワッフルは部屋の奥の方を向くと
「ディア君、レイズ君が帰ってきたよぉ〜」
「んっ・・・、あっ、レイズ、おかえり〜」
「うみぃ、ただいまぁ〜♪」
「あれれ・・?レイズ君・・、買い物したものは・・?」
手ぶらで帰ってきたレイズのカッコを見て、ワッフルが素朴な疑問を問いした。
「荷物はね、持ってもらったの〜」
「えっ・・?誰に・・?」
「ディア君、ワッフル君、お久しぶり〜」
「わぁ〜、レンディルお兄ちゃん!!」
ワッフルとディアが同時に声を上げた。
レンディルは大きくパタパタと手を振りながら二人と挨拶をかわす。
二匹の瞳には大きくなった青年レンディルの姿が映る。
憧れの青年竜、二匹の心の中に一杯に広がる想像。
その二匹の瞳の陰にきれいな純白の白地の竜が飛び込んできた。
「うみゃ!!ミィーティお姉ちゃん!!」
「もう〜、いままで気がつかったの・・・」
ちょっと不満な声をあげ、ムっとした顔を二匹に向ける。
しかし、その不満な顔も少しの間だけで、すぐにいつもの笑顔に戻ると挨拶を交わす。
「ワッフル君、ディア君、こんにちはぁ♪」
「お姉ちゃん、こんにちわぁ♪」
二匹の仔竜と一匹の女の仔竜はじっくりと見つめあうと何かを合図するようにウィンクをすると。
三匹は『キュィ〜』と高々に鳴いてしっぽをクルクルと可愛くまわしお辞儀を交し合う。
そして、クスクスと部屋に笑顔を振りまいた。
レイズとレンディルはその三匹の光景にボケ〜と口を開けたまま見ていた。
「クスクス・・・、もう、こんなことやらせるんだから・・、でも、本当に久しぶりだね」
「うん、でも、お姉さんしっかりと覚えててくれたんだね」
「あったりまえじゃない、忘れるわけないないじゃない」
「あにゃにゃ・・・?」
「あっ、そうかレイズ君は知らないんだね〜」
不思議そうな顔をして立ち尽くしているレイズのほうに向き直ると、ワッフルはパサッと羽を鳴らすと笑顔で答える。
「昔にね、いろいろあったんだよぉ〜」
「うんうん、レイズ君が来る前にいろんなことがあったんだよ」
ワッフルはボケ〜としているレイズ君の横でクスクスと笑うミィーティを眼でチラッと確認して。
「ほらほら、お客様がたくさんきてるんだから、レイズ君急いで用意しないとね」
そのままズルズルと台所の方へと引きずられていくレイズ。
お手伝いしたほうがいいのかなっといういう表情をしながら、ミィーティはレンディルを抱えたまま話しかけた。
「あっ、レンディルさん、そろそろいいですよね・・?」
「あっ、はい、すいません、いろいろお世話になっちゃって・・・」
「いえいえ、では、私はあの仔達のお手伝いをしにいきますから」
そういって、レンディルをソファーにゆっくりとおろすと、レンディルの持っていた袋から
ジャガイモとニンジンを持って台所の方へと向かっていく。
彼女がトコトコとせわしなく歩いていく姿にレンディルは心なし幸せを感じた。
「ふむぅ〜・・、レンディルお兄ちゃんが・・・」
「えっ・・、どうかした・・?ディア君・・?」
その姿をじ〜っとみていたディアがレンディルに声をかける。
「レンディルお兄ちゃん!!」
「なな何・・・?」
「もしかして・・・、恋してる・・・?」
「えぇぇ〜、急に何を・・!?」
明らかに動揺しているレンディル、その姿を凝視してディアはクスっと笑みをこぼした。
「レンディルお兄ちゃんもレイズに匹敵するぐらいの奥手だったのに・・・」
「うっ・・・」
こういう時のディアは仔竜とはいえ大人ぶったような感じがある。
まだ、仔竜の風格なのに精神的にはすでに青年期でもおかしくないぐらいだった。
「別に恋とかそういう感情は・・・」
「じゃ、なんで一緒に帰ってきたの・・?それも、二人仲良くぅ〜」
「あれは・・、その、ちょこっと羽をケガして・・、飛んでこれなからだよ・・・」
仔竜のあどけない表情に押されて、羽をケガするという竜にとって恥ずかしいことを目の前の仔竜にしゃべってしまう。
ディアはそのレンディルの一言にふ〜んといったような顔をして、
「ふみゅ〜、にゃら、お姉ちゃんを呼んできてもいい・・?目の前に・・・」
「うにゃ!?そそれはちょっと!!」
よくわからない声をあげ、レンディルはディア羽を引っ張って抑えた。
先ほどの近くでの吐息のことを思い出すだけで、レンディルは顔が真っ赤かになってしまった。
台所から料理のおいしそうな匂いに隠れている優しい彼女の香りを、レンディルの鼻は敏感に嗅ぎ取っていた。
「レンディルお兄ちゃん〜・・・、羽が痛い・・・」
「あっ、ごめんよ」
痛がっているディアの羽をパッと離すと、レンディルは恥ずかしそうに手をモジモジしたり、羽をパタパタさせたりした。
そんな姿のレンディルからは恋をしている者、独特の恥じらいさが漂ってくる。
「レンディルお兄ちゃん・・・、ミィーティお姉ちゃんのことが好きなんでしょ・・・?」
「いやそういうことはちょこっとも・・、まだ、会ったばっかりだし・・・」
なんとも弱弱しい声で答える。
掴まれた羽を手で撫でながらディアはレンディルの顔のそばまでやってきて、
「好きなんでしょ!!」
強くレンディルにいいよる。
その強気な一言にレンディルは一瞬悩み考えた、そしてその末に、黙ってコクンと大きくうなずく。
顔は真っ赤かのまま、ディアの顔を見ようともしないで下を向いている。
「ふみゅ、じゃ、僕お姉ちゃんを呼んできてあげるよ〜、ミィーティおね・・・むぐぅ・・」
「なぁに・・・?」
急いで手でディアの口を塞いだレンディルの目の前に、ミィーティがヒョコと顔を出す。
ミィーティの顔は急に呼ばれたことによる疑問の表情で一杯だった。
レンディルは『なんでもないよ〜』と言った感じで手をパタパタと振り、首を横に強く振った。
逆の手の中ではディアがむぐぅむぐぅっと何かをいいたそうにわめいている。
ミィーティはそんな二匹の姿に疑問は思ったが、少し考えてクスと笑うと、
「何もないのなら行きますね、また、用事があったら呼んでくださいね」
っと一言だけ言う。
レンディルはその一言にやさしくコクコクとうなずくと、ミィーティは安心したのか笑顔のまま台所の方へと消えていった。
「こらぁ、ディア!!」
「ほへ・・・?」
怒りながらも台所のほうへと声が行かないように、レンディルは小声でディアに声を上げた。
その一言に文句をいうように、
「だって・・・」
っと、声を上げるものの。レンディルに
「だってじゃない!!」
じゃないと返されてしまう。レンディル自身もあんまり怒ることに関しては好きではなかった。
実際、今もあまり怒ってはいない。
「うみゅみゅ・・・」
よくわからない声をあげ、ディアはレンディルに面と向かってム〜っとした顔を見せる。
「だってだって、レンディルお兄ちゃんモジモジしてて何にも進まないんだもん・・・」
「はぁ〜・・・・」
レンディルは大きなため息をつく。
「ディア君、僕は今ミィーティさんに自分の気持ちを伝えるつもりは無いよ」
「ん〜・・・、なんで・・・?」
「いや・・、なんでって言われても・・・」
レンディルは困った顔をした、この年頃のこの複雑な気持ちを伝えて伝わるものか悩んだからだ。
それ以前にレンディル自身もあまりこの気持ちをわかっていなかったりする。
見ているだけで嬉しくなってくる、一緒にいるだけで楽しくなってくる、ちょっとさびしくて切ない思い。
今までにない感情にレンディル自身も困惑している感じがある、つまりは恋というものなのだが。
いままでにこんな感情に一度も悩まされたこと無いレンディルにとって、この心境は重たくつらいものだった。
「う〜ん・・・、ディア君も青年竜になればきっとわかるよ〜、だから、このことはそっとしといてくれないかな・・・?」
「・・・・青年竜になったらわけるの・・?」
「うん、だからお願いだよ」
「うん、わかった、このことは秘密にしておくね」
「ありがとう」
そういって、レンディルはペロッとディアの顔を舐めてやる。
ディアは『くすぐったいよ』といったが、レンディルはもう一度舐めてやった。
そして、しばらく黙って二人で見つめあって、ディアは急に右目を閉じた。
軽く一瞬だけ、それはまさに何かを合図するためのウィンクだった。
レンディルはしばらく考えて、あっと思い出すと、
『キュィ〜〜〜!!』
青年竜と仔竜の二人は天井に突き刺さるぐらいの声で遠吠えを上げると
しっぽをクルクルと風車のようにまわし、深々と頭を下げた。
自慢の羽も下に下ろし、二匹は心から深くお辞儀をした。
そして、クスクスと二匹は並んで笑い出した。
特におかしいことはなかったが、笑いが止まらなかった。
台所で遠吠えを聞いていたワッフルとレイズ、ミィーティが遠くでその光景を不思議そうに見ていた。
二匹はまだ笑っていた。
春の日差しの中、また、暖かい春一番が幸せを告げるためだけに吹いていくのを感じた。
その風にワッフルは新しい幸せを感じたような気がしたのだった。

「ごちそうさまぁ〜」
レンディル、ディア、ワッフルの三匹は声を上げた。
すでにお日様は山の上のほうにかかっており、辺りは薄暗さを増していた。
遠くの空が真っ赤に燃えるように綺麗な朱色に染まっていた。
「おいしかったよ〜、ねっ、レンディルお兄ちゃん」
「あっ・・うん、おいしかったよ」
レンディルが料理を作ってくれたミィーティとレイズの方に笑みを飛ばす。
二人は『どういたしまして』と返すと、お互いに向き合って満足そうな笑みを交わす。
「さて、後片付けをしないとね」
そういって、ミィーティは席を立った。
「あっ、僕もお手伝いしますね、食べていたばかりじゃ悪いですから・・・」
レンディルはそういって、皿を上に重ねながら席を立った。
「僕・・・、むぐぅ」
ワッフルも手伝おうと席を立とうとしたが、その口をディアに抑えられてしまい、最後まで言葉が出せなかった。
「んっ・・?どうしたの・・?」
「僕達は、裏で水浴びをしてくるよ、ねっ、レイズ君行こうよ」
「むぐぅ、むぐぅ・・・」
「う、うん・・・」
ワッフルのジタバタしている姿を見て、ディアに何か威圧感を感じたレイズは素直に従うことにした。
ミィーティの返事もあいまいのまま、ディアはレイズを後ろにワッフルを引きずりながら、後ろの池の方に向かっていった。
部屋にただポツンと残される二匹。
急な出来事で二匹はただその光景を黙ってみているしかなかった。
三匹の仔竜が部屋を出て行ってからしばらくして。
「なんだったのかな・・?」
「さ、さぁ・・」
ミィーティの素朴な問いにレンディルは汗をかきながら返事を返す。
「う〜ん・・・、まっいいか・・・、さて、あの仔達が帰ってくる前にお皿を洗っちゃいましょう」
「僕も手伝うよ、食べてばっかりいちゃ悪いし・・・」
「えっ、本当に!!ありがとう、レンディルさん」
ミィーティは笑顔で感謝の気持ちを表すと重ねたお皿を台所へと持っていく。
レンディルも後に続いて、両手にいっぱいのお皿を持って台所に向かう。
周りが自然でいっぱいのこの竜の住まいし所、今、皿を洗うために流しているこの水も
自然から流れ出る湧き水や雨の貯水した水だった。
自然を大切にする竜はこの水もしっかりと浄化してまた水の流れへと戻す。
ミィーティは皿を綺麗に洗い流し、レンディルは隣で皿を拭いている。
レンディルはカチャカチャと手を動かしながら、ミィーティのほうを見た。
一生懸命に仕事をしているミィーティの顔にレンディルは思わず見とれてしまった。
手も動きも止まってしまい、そのまま見入ってしまう。
「レンディルさん??どうかしましたか・・・?」
「えっ・・、いや・・、なんでもないです・・・」
ミィーティがずっと自分のほうを見ている視線に気づき、レンディルに声をかけた。
レンディルはあいまいな返事を返すと、恥ずかしくなって下を向く。
手でまた皿を拭きながら、自分で恥ずかしくなって顔が真っ赤になる。
純白の白い彼女は不思議そうな顔をして、また仕事へと戻る。
(うぅ〜、僕は一体何をやってるんだぁ・・・)
いままで感じたことのない自分の複雑な心境にののしりながら
レンディルは赤めた顔を彼女に見せないように隠しながら仕事を進める。
(ぐるぅぅぅぅ・・・、恥ずかしい・・・)
心の中で鳴き声をあげて、自分を落ち着かせようとする。
しかし、自分の真っ赤になった顔はそう簡単には戻らなかった。
隣に彼女がいると思うとここにいるだけで、恥ずかしいような嬉しいような、そんな不思議な気分にかられる。
「レンディルさん、本当に大丈夫ですか・・?」
「う、うん・・・・」
ずっと下を向いてレンディルにやさしく声をかけるミィーティ。
心配そうなまなざしで見つめてくる彼女にまたもやあいまいな返事で返すレンディル。
チラッと彼女のほうを見るレンディル、少ししか見なかったのはまだ顔が赤かったためだった。
本当に心配そうな顔をして見てくれる彼女に何か悪いような気がした。
(ず〜っと、下を向いているわけにもいかないよね・・・・)
しかし、あいかわらず頬の赤みは引きそうにない。
そんな顔にかすかに蛍草の光が反射する。
蛍草は竜の世界で明かりとして使われている草だった。
夜になるとほのかな明かりを燈し、辺りにやわらかい光を届ける。
深夜の闇夜をかき消すほどの大きな光ではないが、もともと真っ暗な暗闇でも辺りが見渡せる竜にとって
ほのかな光とはいえ、それだけで十分な明かりだった。
「もしかして、風邪ですか・・・?」
「えっ・・」
「お顔が真っ赤ですよ」
心配そうな彼女の顔がレンディルンの目に飛び込んでくる。
それはビックリしたことにより、彼女の方にバッと向き直ったからだ。
強靭な肉体を持つ竜とはいえ風邪だけは引く。
それは実際には竜熱と呼ばれるものであり、竜だけが引く独特の病気だった。
並外れた竜でさえ、竜熱にかかった時は安静にしているのが常識となっている。
「大丈夫ですか・・?本当にお顔が真っ赤ですけど・・・」
「いえ、なんでもありません・・・」
そういって、レンディルは顔を横に振る。
ミィーティは少し考え、こちらの顔色をうかがう様に近づいてきた。
レンディルは彼女のその行動に驚き、一歩後ろに下がる。
顔を間近まで近づけてきて、彼女は軽く自分の頬をレンディルの頬に触れさせる。
(えっ、えっ・・・・)
いきなりの行動に何も出来ず、レンディルはそのまま動けないでいた。
彼女の鼓動が聞こえ、静かな息遣いが間近で感じられる。
やさしい匂いに包まれている彼女の匂いがレンディルの鼻孔をくすぐった。
「やっぱり、少し熱っぽいですよ・・・、レンディルさん、風邪の時は安静にしてないと・・・」
真っ赤な顔をしたままレンディルはコクコクとうなずいた。
彼女は話しながらもまだレンディルの間近にいて、レンディルは顔はますます朱色に染まる。
「レンディルさん、お皿洗いはこれでおしまいですから、ちゃんと暖かくして安静にしていないとダメですよ」
その一言にコクコクとまた同じ返事を返すレンディル。
レンディルの頬の赤みはまだ当分取れそうになかった。

夜風が辺りに吹きつけ、漆黒の闇が辺りを包む。
その風に何か不吉なものを感じ取る一匹の仔竜。
紫色のその仔竜は屋根の上で低く小さく鳴いた。



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