リンドブルム
作者:落花生さん



 上方には青と太陽のみがあり、下方には彼にはなんなのかよくわからない「わた」が方々に散らばっていた。
時折見える浮遊島の緑が、彼の心を和ませる。
彼は果てなく広がる大空を高速で飛行していた。彼は飛竜、リンドブルムだった。人間は彼らのことを彗星だと
かなんだとか彼にはよくわからない単語で呼んでいたが、そんなことは彼にはどうでもよいことだった。
自分は純粋に空を愛しているのだ。彼はそう考え、また感じていた。
彼は常に倫であるように努めていた。彼は平和を愛し、また、それを乱すものには容赦がなかった。空の平和は
彼によって守られていたといってもいいほどだった。それが彼を仲間達に倫努(りんど)と呼ばせる最大の理由であった。
倫努には、大空の秩序を守ろうだとか困っている人々を苦しみから救ってあげようなどという虚栄心は全くなかった。
ただ、彼は愛していた。澄み切った青と何の争いもない世界を。
 
 ある時、彼は浮遊島で、傷つき倒れている奇妙な姿をした大蛇を発見した。翼もないのにどうやって
やってきたのだろうか。疑問に思いながらも、彼はすぐさま飛んでいった。
倫努は傷ついた大蛇に出来うる限りの処置を施した。やがて、大蛇は意識を取り戻した。
倫努が、何があったのだ、お前は何者なのだ、と訊くと、大蛇は弱々しく応えた。
「……私ははるか東方の国からきた龍です。この地方では龍は崇拝の対象として見なされていないようですね。
寝込みを襲われ、ここまで逃げて参りました。まだ龍になりたてだったものですから、油断していたのです。
貴方はとても心のお優しいお方のようだ。これをご覧下さい」
その言葉とともに、倫努の頭の中に龍が人間に襲われここまで逃げてくるまでの光景が龍の視点で送られてきた。
倫努はこのリアルなイメージに少し酔いそうになった。
これはなんなのだと戸惑っている倫努に向けて、龍が続けて言った。
「私はもうこの肉体を捨てようと思います。むくろは貴方の好きなようにしていただいてかまいません」
「そんなことを言うな、諦めるんじゃない。龍とやらになったばかりなんだろう。お前はこれからその龍としての
役目をなさなければならないのだろう。死ぬなんていうんじゃない」
「いいえ。死ぬのではありません。生まれ変わるのです。新たな肉体に。ありがとうございました。それではさようなら。倫なお方」
「おい! まて、おい!」
龍は倫努の目の前で大きく息を吸い、それをゆっくり吐き出した後、息をするのを止めた。
ここいらよくあることだ、人間に殺されるのは。たとえドラゴンといえども、死ぬときは死ぬのだ。
倫努はそう考えていた。生き物の死を嘆いたことは今までに一度もなかった。だが、倫努はこの龍になにか特別な感情を感じていた。
しかし、倫努がそれを悲しみだと理解することはない。彼にはそのような感情を感じた経験は今まで生きてきたなかでは
ありえなかったことだから。
困惑したまま、倫努は龍のむくろを水葬するために地上へと降り立った。
倫努は彼しか知らない誰の目にもつかない静かな泉へ龍を沈めた。
龍のむくろはゆっくりと沈んでいった。
倫努が立ち去ろうとした時、泉の中央に何かが浮かんでいるのが見えた。倫努はそれを拾ってみた。
それは真珠ほどではないが、美しく白銀に輝いていた。
これはなんなのだろう。倫努は不思議に思いながらも、それを巣穴に持ち帰った。
 
 その日、倫努は夢を見た。
彼が大空を飛んでいると、あの死んだ龍が後方から現れて、自分を抜いていくのだ。倫努は龍に訊いた。
「翼もないのに、何故お前は空を飛べるのだ」
「それは如意宝珠の神通力の力です。それにより、私は翼がなくても飛べるのです」
「じんつうりき? よくわからんな」
「これを使えばいかなることもできます。天の頂点から地面の深い底まで一瞬で移動することもできます。
もちろん移動するだけでなく、他のこともできます」
「それは便利だな。是非私もほしいものだ。そうだ、その神通力で傷を治すことは出来ぬか。
仲間に一人えらくどんくさい奴がいてな。そいつがこの前山にぶつかって骨折したのだ。治してやってくれないか」
「それは神通力では出来ますが、私にはできません」
「何故だ?」
「もうお忘れですか。私は死んだのです。死人は生者に干渉してはならないのです。怪我を治すのなら
貴方がご自分で治してさしあげてください」
「しかし、私にはじんつうりきなどないぞ」
「いいえ。貴方には水葬していただいたお礼を既にさしあげております。それをおつかいください。では……」
 
 倫努が夢から覚めると、そこはやはりいつもの自分の巣だった。倫努が呆然と外を眺めていると
目の端に光るものがうつった。それは、龍を水葬した際に拾った白銀の玉だった。それは、自身で光を放ち、鈍く輝いていた。
 
 朝、倫努は何かに導かれるように仲間のリンドブルムの元へ訪れた。
「よお、倫努。久しぶりだな。元気でやっちょるか」
「それを心配すべきなのはお前の方だろうが。骨折したところはもう大丈夫なのか」
「いんや。治るにはまだまだ時間がかかりそうだ。当分は動くことすらままならねえだろうよ。とんだ災難だぜ」
「そうか。お大事に」
「おう。見舞いありがとよ」
倫努は仲間の巣穴から出ると、すぐに仲間のリンドブルムの死角に入った。そして、夜になるのを待った。
夜になり、誰もが寝静まった頃、彼は白銀の玉を抱えて人知れず呪文を唱えていた。
倫努は彼の知らない言語で、彼の知らない印を結び、彼の知らない力がはたらいていた。
知るはずのない言葉なのに、知るはずのない動きなのに、倫努は自然にそれを行っていた。まるで、玉が彼を導いているかのように。
 
 翌朝、彼は目覚めた。
今日もいつもと変わらない、退屈な日々が始まるのかと思うと、頭痛がした。先日、迂闊にも山に激突して
折った骨が治るのはまだまだ当分先だ。今日も骨折の痛みに耐えて暮らさなければならない。そう思うと、とても気が重い。
彼は大きくため息をついた。
「あ〜あ。ずっと寝てなくちゃいけねえのか。また、倫努と一緒にあの空を飛びてえなあ……。あれ?」
彼は自分の身体がどこも痛くないのを錯覚かと思った。しかし、それは現実だった。

                           <終>
           作者:落花生
           アドバイザー:落花生
           監修:落花生:K&S:かっきー:マロン:不可思議:モアイ
           参考図書:「幻獣ドラゴン(新紀元社)」
           作成日数:半日
 <勝手気ままな駄文>
 漠然と抱いていたドラゴン(以下、竜)のイメージを、新紀元社発行の「幻獣ドラゴン」によって打ち砕かれて数日後
私はぼんやりと浮かんできたネタを形にしました。それは、竜が人間より頭がいいのなら、人間より
又は同じぐらい優しい竜がいるかもしれない。倫な竜がいるかもしれない。という考えです。思い立った私は
一心不乱にパソコンに向かい、休みなしに書き続けました。そのおかげで、半日という短い時間で完成させることが
出来ました(これには、ネタ出しの時間も含まれています)。この小説はショートショートです。
ドラゴンショートショートとでも言いましょうか。お茶でも啜りながらゆったりのんびり適当にくつろいで読んでいただければ
幸いです。真面目に堅くならずに、そう、まったりと読んでください(笑)。また、オチが分かりづらい
龍が人間に襲われるはずがないという指摘もあり、初期と物語りの質感が大分変わりました。が、オチはこれ以外に思いつかず
力及ばず、変更することが出来ませんでした。この場を借りてお詫びいたします。すいません。力不足でした。
ようは、助けた亀(龍)にお礼(如意宝珠)をもらって仲間を助けるという単純なストーリーなのですが。
私ならこうするとう単純な考えで、倫努は人(竜)助けをしました。長々と話してしまいました。
この辺で切り上げるとしましょう。では。



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